(この文章は実際にあった出来事を元に「詳細に書いたらマシーナリーとも子さんの住所が特定されるかもしれないし、元の持ち主にも失礼ですよ」「じゃあ虚構を織り交ぜた半分フィクションにします」ということで書き始めたら段々気分が乗り始めて怪文書になった新時代のeスポーツテキストです)

帰り道で目に留まった意外なゴミ

10月も終わろうかというある日のこと。外で仕事をしていた私は帰路を急いでいた。急いでいたと言っても、出かけた先はたかだか歩いて10分ほどの駅前のファミレスだ。常時散らかりすぎている自宅では集中力が5分と保てないため、私は書き仕事をするためにファミレスや喫茶店によく籠る。

その日、なんとか進捗を出した私は早く帰ってグラブルVSのランクマでもやろうとぼんやり考えていた。前回の記事でも書いたように、カリオストロの追加でにわかにグラブルVS熱が再燃していたのだ。

いまの住居に越してきてからもう5年。散々歩き慣れた道のりをいつも通り歩く。そんなとき、とあるマンションの前で私はピタリと足を止めてしまった。

「えっ?」

思わずそんな声が漏れた。そのマンションには異様……というわけでもないが、珍しいゴミが捨てられていたのだ。

アケコンだ。HORIのリアルアーケードPro.V HAYABUSA。そのサイレント仕様の箱がドン、と潰されもせずに捨てられていた。たしかこのアケコンは発売されてからそこそこ経つ。それになかなか高いんじゃなかったか……。思わずその場でググってみたところ発売年は2016年、価格は1万7800円だった。これは興味深い。

アケコンの価格はピンキリで、上を見れば3万円とか5万円のものだってあるが、1万7800円だってなかなかのものだ。買おうと思えば1万円以下のものだっていくらでもあるのだから。そんななかで1万7800円のアケコンを買った者がいる、ということはこのマンションにそれなりに格ゲーを頑張りたいと思うゲーマーが住んでいるということだ。私は思わずマンションを見上げる。別に顔を見ようってんじゃないが、家から数分の距離に同じ趣味を持つ人間がいるということに俄かにうれしみを覚えたからだ。

さらにゴミ捨て場にはビデオカード(のパッケージ)も捨てられていた。GeForce GTX 1650。こちらは2019年に発売されたビデオカードで、そこそこの値段でそこそこの性能を発揮する商品のようだ。

そしてもうひとつ。AKGのK712 PROというヘッドホンのパッケージ。私はオーディオも詳しくないのでこれまたググってみたのだが、ざっくり3万円くらいするヘッドホンらしい。3万円! アケコンよりビデオカードより高いな。だが、この3つのゴミから察するにやはりこのゴミの主はゲーマー、それも割とやる気勢寄りのeスポーツゲーマーなのではないか?

なんとなく、私はここの住民は「ストリートファイターV」勢なのではないかなと思った。別に「鉄拳」勢・「ブレイブルー」勢という可能性だってある。ビデオカードの箱は単にタイミングが合って一緒に捨てられていただけで、PCで格ゲーをやっているわけではなく、実はセーラームーン勢やらんま勢なのかもしれない。でも私は直感でこれらの機器の持ち主は、きっとストV勢だと思った。根拠はないし、調べる術もなければわかったところでどうするわけでもない。なんとなく「ご近所さんにストV勢がいるのだ」と考えながら私は家に帰った。

***

次の日、私は昼からスーパー銭湯に行って心も身体もホクホクになっていた。スーパー銭湯はいい。強制的に身体が休まってしまう。気力も体力も充実したから早く帰ってグラブルVSのランクマでもやろう。そんなとき、例のマンションが目に入った。

ここに、おそらくストV勢が住んでいるんだよな……。そう思いながら見上げる。
視線を下ろす。するとまたもや異様な光景が広がってる。本が、本が大量に捨てられている。紐で縛っているのではなく、雑然とゴミ袋に詰め込まれたかたちでだ。

オイオイ、その出し方は反則だろう。ごみ収集業者も困るのではないか。徳が低い。そう思いながら私はついつい中身に目が向いてしまった。

例えば週刊少年ジャンプが捨てられてるのを見て「この家の人はジャンプ読者なのか」と思う。まんがタイムきららが捨てられてるのを見て「ははーん、全然気がつかなかったがこのへんには私と同じ種類のスタンド使いがいるらしい」と感づく。料理の専門書が捨てられてるのを見て「これは料理人が住んでいるんだな」と推理する。そうしたことを考えるのが好きだ。多分に出歯亀趣味ではあるが……。インターネットで他人の本棚やゲーム棚を見てプロファイリングするのに近い。

果たしてこのゴミの持ち主は、割と渋めの趣味であるなと思った。「風の大地」や「味いちもんめ」が捨てられていたのだ。これらの作品はおもしろいが、肌の瑞々しい若者が読む漫画ではない。おそらくこのゴミの主は30代後半……男性……そんなところではないかと推理する。推理したところで一文の利益にもならんのだが。

そんなとき、一冊の本の表紙がふと視界の端に映る。水色に白い半円の表紙の文庫……いや、新書? はて、なんだかあの表紙は見覚えがあるぞ。

視線を移す。私はあっと声を上げた。これは! この本は!

「勝ち続ける意志力」! ウメハラの著書じゃないか! うちにもある!
私はバッとマンションを見上げた。私は確信に包まれた。「ヤツ」だ! このゴミは昨日Pro.V HAYABUSAとビデオカードの箱を捨てていたヤツのゴミだっ!

***

なぜ彼は、これらのゴミを捨てたのだろう。私は帰路を歩きながら考える。
昨日は、単に新しく購入した機材のパッケージを捨てただけだと思っていた。おニューのアケコンとビデオカードと3万円のヘッドフォンで、意気揚々とストVのランクマに繰り出すeスポーツ戦士……。そんな姿の知らない誰かのことを、私は想像していた。だが次の日に「勝ち続ける意志力」が捨てられていたのはあまりにも示唆的だ。彼がeスポーツにやる気を出したのなら、「勝ち続ける意志力」を捨てられるだろうか。
著書の中でウメハラはこう記している。

“とりわけ重要なのは、本書に書かれていることは、ただ勝つのではなく、「勝ち続ける」ことに主眼を置いているという点である。(中略)「勝つ」という言葉は、「結果を出す」と言い換えることでよりイメージしやすくなるかもしれない。「結果を出す」ことと「結果を出し続ける」ことは根本的に性質が異なる。”

かのマンションに住む彼は、「勝ち続ける」ことができなくなった、夢破れた者なのではないだろうか。捨てられていたアケコンやビデオカードの箱は、新しく買ったから捨てたのではなく嫌になって捨ててしまったのではないだろうか。

あるいは、この豪快な捨てっぷりからして持ち主が亡くなってしまったのではないかということも考えられる。これだけ大量の漫画を、ブックオフに持っていくでもなく捨ててしまうというのは遺された家族が困って……ということも考えられるのではないだろうか。

わからない。すべては想像だ。私の勝手な妄想だ。そもそも昨日と今日のゴミが同じ人物によるものだという確証はない。eスポーツプレーヤーすら住んでいないかもしれない。昨日捨ててあったアケコンとビデオカードのゴミですら別人のものだったかもしれないんだ。
だが……。

私は暗くなり始めた空を見上げた。星が輝いていた。
「鳳翼扇をブロッキングしたかのような空だな」私は呟いた。

頭の中の架空の彼のことを思い、いつか私も勝ち続けることに折れる日が来るのだろうかと考えた。しかしすぐに思い直した。よく考えたら別に格ゲーやってて勝ち続けたいと思ったことはなかったし、ゲームをやらなくなるきっかけもなくて、ぬるりとなんとなくやらなくなってただけだもんな……。だって私はやる気勢じゃなくてそのときそのときが楽しければいいと思うだけの浅瀬勢だから……。

帰ろう。帰ってテキトーにカリオストロでワープして気持ちよくなろう。それが私の折れないための意志力……! 

頭の中で勝手に形作られた架空の近所のeスポーツプレーヤーに別れを告げ、私は力強く足を踏み出した。(了)