コーチibotとSCARZ「VALORANT」部門の歩み 元「オーバーウォッチ」選手だからこそ見えたもの

暗黒期を経て大きく成長し、超大型国内大会「EDION VALORANT CUP」(10月)で国内最強と謳われるAbsolute JUPITERと強豪DetonatioN Gamingを打ち破り、見事優勝を果たしたSCARZ(@SCARZ5)。優勝に貢献したSCARZ「VALORANT」部門コーチのClaireことibot氏(@scarz_ibot)に、選手との歩みを聞いた。
――そもそも、なぜibotさんがSCARZ 「VALORANT」部門のコーチとして活動することになったのでしょうか。
最初はコーチをするつもりじゃなかったんです。SCARZの中に居た知り合いから「『VALORANT』部門の5人目のメンバー選定を手伝ってほしい」と軽い感じでお願いをされたので、そのお手伝いをしただけなんですよね。
良いメンバーが5人そろった後に「実はコーチも探しているんだけど、良かったらやってみない?」とお話を頂いて……。僕自身がメンバーを選んだのもあって、SCARZが凄く良い雰囲気のチームだと分かっていたので、ならやってみようかなと。6月中旬くらいのことですね。
――なるほど、最初からコーチとして所属するつもりではなかったのですね。ちなみにibotさん自身は「VALORANT」や、似たような競技系FPSタイトルである「Counter-Strike: Global Offensive」(以下、CS:GO)をプレーされていましたか?
いや、「VALORANT」も「CS:GO」もあまりプレーしていません。そもそも僕は別のFPSタイトルである「オーバーウォッチ」(※)での実績があるので、選手たちも撃ち合い以外でのアドバイスを期待していたんだと思います。
※スキルを中心としたFPSタイトル。競技ルールでは6対6で対戦するため、チームワークが重要となる。
――具体的にはどのようなアドバイスを求められていましたか?
最初の時期は「オーバーウォッチ」特有のスキルの使い方を教えて欲しかったようです。選手たちは、撃ち合いには自信があったので。でも困ったことに「VALORANT」って全然「オーバーウォッチ」と全く勝手が違うんですよ。
まずそもそも「VALORANT」はラウンド制だし、スキルは1ラウンド中1~2回くらいしか使えません。対して「オーバーウォッチ」はラウンド制ではなく、ルールも複数ありますし、スキルだって1試合に数十回は撃ち合います。むしろ「オーバーウォッチ」での考え方を引きずらないように意識していました。
――そうなると最初の頃(6月下旬)はコーチとしてかなり苦労したのでは……?
今でこそチーム全体をまとめる役を担っていますが、最初はかなり大変でした。選手の要望としては「個人個人の悪いところを指摘して欲しい」との意見が多くて。ただ、そこはハッキリ「僕にはできない」と言いました。彼らが求めていたのはフィジカル(撃ち合いなどの個人スキル)における悪い部分の改善で、僕が得意とするのはマクロな視点での動き方やチーム連携の指摘です。そもそもの選手たちの要望と僕自身の能力に開きがありました。
SCARZが最初にJUPITERを破った「Fiveness Japan Cup VALORANT 2020」という大会以降、どうもチーム全体が不調に陥る暗黒期に入ってしまったんですが、僕からは選手が要望する技術面におけるアドバイスができません。
あと、僕自身は選手と違って専属ではなかったので、時間を大きく割けないという問題点もありました。そこで、知り合いに頼んでスキルコーチング(個人スキルの指導)を行った時期もありました。その時は僕がサポート役に移り、スキルコーチを中心にチームを回していました。
――スキルコーチの導入ですか。日本のチームで複数のコーチを導入するのは珍しいと思うのですが、それがうまく機能したということでしょうか?
うーん、それがあまり上手くいかなかったんですよ。スキルコーチのお陰で確かに技術面での知識やアドバイスができるようになったんですが、チーム全体の動きが効果的に改善されることは……大きくはなかったように思います。
そんな状況下、「UTAGE VALORANT Season 1」でDetonatioN Gamingに負けてしまい、そのタイミングでスキルコーチが離脱しました。9月の頭のことで、僕自身もコーチを辞めようかと迷った時期です。SCARZが一番苦しんでいた時期、まさに暗黒期のピークです。
――2~3カ月間うまくいかないのは、やってる身からすると地獄のような期間だったと思うのですが、それでも選手とコーチが共に辞めずに続けられたのは何故でしょうか。
実際、メンバーを変える話が出そうな時もあったんですよ。不信感とかではなく、選手同士はお互いに信頼していたと思うんですけど、結果がどうしても出ないので。それぞれの技術を磨いても結果が出ないなら、メンバーを変えるという発想になるのは不自然ではないですから。
でも僕は「Fiveness Japan Cup VALORANT 2020」でJUPITERに勝ったことも覚えていて。メンバー同士の雰囲気も凄く良いことを知っていたので、このメンバーのままいきたいと思いましたし、信じたんですよ。
――ibotさん自身は選手を信じていたと。
はい。あと逆に自分自身に関してなんですが、最初の頃はメンバーから完全に信頼されていたわけではありませんでした。なにせ「VALORANT」をあまりプレーしていませんから。何かアドバイスしても、冗談半分で「エアプ~」ってからかわれたりとか(笑)。
ただ僕も、選手側がそう言いたくなるのが分かるんですよ。僕の選手時代が完全にそうだったんで。自分だったら凄く嫌だろうなって(笑)。選手経験のないコーチだとここで心が折れたかもしれません。僕は選手経験があったので、選手側の気持ちも理解できたのが大きかったと思います。
ちょっと話がズレちゃうかもしれないんですけど、僕って「VALORANT」の動画を見てるというよりかは、ビジネスYouTuberとかコミュニケーションの手法とか、皆を不快にさせずにモチベーションを上げる方法とか、そういう分野の勉強を重視しているんです。人によって伝え方を変えるとか、そういうことを考えながら対応していましたね。じゃないと自分も選手も折れちゃうなって(笑)。やっぱり選手に拒絶されるのって辛いですから。
あと「オーバーウォッチ」のプロリーグである「Overwatch League」で最高のコーチと言われるCrustyっていう人がいるんですけど、彼の存在が大きかったです。あの人もレートは全然高くないんですよ。「VALORANT」で例えるとゴールドくらい。でもCrustyは自他ともに認める世界有数の最高峰のコーチとして君臨しています。そういう人がいることを前から知っていたので、Crustyを信じて頑張ってみようと思いました。
――そして9月上旬に心機一転、再出発したわけですね。どういったアプローチでコーチングするようになったのでしょうか。
負けた時は「この構成が悪い」「こうだったから負けた」と思いがちなんですけど、本質はそこじゃないと僕は考えています。担当するキャラを変えたからといって、色んな問題点が残っているわけじゃないですか。構成を変えたとしても、表面的に変わるのがせいぜいで、根本的には何も変わらないんです。そもそもの問題は何も解決していないんですから。
――つまり対症療法ではなく、根治療法的なアプローチが必要だと?
本質的な問題がフィジカルなのか他の部分なのか、チームによって違うと思います。SCARZの場合、フィジカルよりも他の部分に課題があると感じていました。
だからフィジカルコーチが辞めた後、皆に対して「チームの在り方はこういうもんだよ」と僕が教えるようになりました。選手たちも負け続けたことで変化したのか、最初の頃よりも素直に話を聞いてくれるようになって。そこから少しずつ変わっていったと思います。
また、非常に大きな要因として、アナリストと僕との住み分けができるようになったこともありました。アナリストが色々なデータを数字で出してくれて、選手たちの強み弱みをしっかり把握できるようになったのは、サポート体制として大成功だったと思います。
――アナリストの存在は非常に大きそうですね! ところでアナリストとは別に、ibotさん自身、色々なコーチングを行ったと思うのですが、具体的にどういったことを試していきましたか?
まずは選手それぞれの役割を決めました。キャラの固定もそうなんですが、どちらかと言えばコミュニケーションとか、選手の性格に合わせた役割という意味合いです。例えばadeさんが「こういう情報が欲しい」と意見を出したら皆が出すようになったし、感覚派のMarinさんやryota-さんは比較的自由に動いてもらうようにしたりとか。
ただ、キャラの変更はすごく悩みました。marinさんはジェットを使った方が良いと言ったのは僕なんですけど、でもゲームの具体的な内容って適当なことは言えないですから、「VALORANT」自体をがっつりプレーしてない僕が言っても良いものかと……今までは言わないようにしていましたが、勝てない時期に入ったらそう言ってられなくなったので。
――「VALORANT」のキャラ変更と、それぞれの選手の個性に合わせた役割を与えるようになったと。
そして、次に重要視したのは反省の方法です。
これは僕の選手時代の反省も生かしているんですけど、そもそも個人の指導というか……起こったことや技術的な部分に対して「こうした方が良い」という指摘はキリがないし、本人からすると受け入れられないことも多いじゃないですか。だからあまり指摘しないようにしていて。5人でトータルで戦うなら、それぞれの選手の良い部分と悪い部分のすり合わせをキッチリやっていくことの方が重要なんだ、と。
――すり合わせというと具体的にどういったことをするのでしょう?
「今の場面こうしてくれたら勝てた」「今の場面はこうだったから負けた」という意見って、当たり前ですけど個人の主観が入って言い合いになりますよね。
Aさんからしたら「こうしたら勝てた」、でもBさんは「そうじゃなくて、こうしたいんだよね俺は」っていう構造。そういう時にどっちが正しいかよりも、二つの意見を組み合わせて「これが現状での最適解だよね」って提案をする感じですね。
あとは僕自身はあまり喋らないようにしてます。皆の意見が出し合えるような環境づくりを強く意識してますね。僕が意見を促す時もありますし、「ここはこうだったよね?」とわざと聞いて自然と喋れるような場を作っています。選手たちが喋るようになったら、後は見ているだけです。問題が無い限り口は挟みません。
最初のうちは2~3人くらいが主体的に話したり意見を出したりして、残り2人は場の雰囲気に流され気味だったんですけど、今はかなり改善されました。前よりも5人全員で能動的に反省点を話し合い、改善点を見つけ出すようになったと思います。
だから普段のコーチングも、全体的な動きについてしか言わないですね。俯瞰視点でしか見れないような全体的なところにフォーカスして言っています。「チーム全体のタイミングが合っていないから、仲間を意識してこうやって動こう」とか、そんな感じです。
――暗黒期を経て変わったところ、いっぱいありそうですね。
他にもいっぱいありますよ。
先ほど触れたコミュニケーション以外ですと、前は大会の動画を見る人と見ない人がいたんですけど、今は全員が必ず見るようになりましたね。良くも悪くも皆「自分が強い」と思っていましたから、「俺の動きは強い」という考えで最初は動いていたんですよ。でも大会で負け続けたことで「良い部分はどんどん取り入れる」という姿勢に変わっていきました。動画を見るようになったのもその一環ですね。
あと柔軟な姿勢に変わったことで、前よりも色んなことに対して丁寧になりました。前は「味方がこういうプレーをしてるのかちゃんと分かってる?」と聞いても「分かってる分かってる」とばっさり話が終わることが多かったんです。しかし今は一つの行動に対して10分20分、めちゃくちゃ長い時は30分くらい話すようになって。とにかく細かく丁寧。
――柔軟な姿勢は戦略面にも影響を与えていますか?
そうですね。最初の頃のSCARZはセット(定型的な攻め方)を取り入れていなかったんですよ。柔軟にやりたいがために、セットはそこまでいらないスタイルだったんです。だけどその姿勢が逆に柔軟じゃなかったんですよね。暗黒期を経たことでセットを取り入れるようになって、戦術面で幅が広がりましたね。
良いものは何でも吸収しますよ、彼らは。
――そうやって少しずつ土台作りをしていったと。
SCARZのメンバーは全員が選手経験豊富というわけではないんですよ。何年も活動してきた選手もいれば、「EDION VALORANT CUP」が初のオフライン経験という選手もいて、経験にバラつきがあるんです。だからチーム連携を意識しすぎて動きが固くなったりすることが多いんですよね。いつものプレーができない、みたいな。
そこで、「全ての動きでチーム連携を意識していたら勝てない」と伝えたんですよ。ある程度の土台ができたら、そこからは個人の勝負勘が必要になってくる。事前の打ち合わせやセットは必要だけれど、誰かの承認を受けて行動するのではなく、それぞれが判断して動いていくっていう個々の勝負勘が必要だ、と伝えたんです。
これを実践できてきたのが10月1日の「VALORANT Mildom Masters」最終日くらいからですね。この時点でチームとしての土台ができていました。
――そもそもSCARZの皆さんって、フィジカル(個人スキル)自体はどうだったんですか? 強いイメージがありますけど。
撃ち合い自体は暗黒期以前から強かったと思いますよ。ただ、負けていた時はどうしても固くなって、自分たちがやりたいようにできないから撃ち合いも自信を持てていない、やりづらい感じだったんですよ。そういう中で撃ち合い以外の部分、つまりチーム全体の部分を伸ばしたことで、本来の撃ち合いの強さも出てきた感じですね。
――ここまで聞いてきて選手側も暗黒期に潰れず、こつこつ努力を積み重ねて、ibotさんと信頼関係築けるようになったのってすごいことだと感じます。ここまで来れたのって何が一番大きな要因だったんでしょうか。上手くいかない時期って、チーム内の仲がこじれてしまうこともあると思うんですけど……。
先ほど言った「チームの雰囲気が凄く良い」。これに尽きます。雰囲気が良いというのは、勝った時だけじゃありません。むしろ負けても全然暗くならないというか、かなりポジティブに捉えるんですよ。
――えっ、すごい。それ結構バケモノじゃないですか?
バケモノですね。こればっかりはチームの雰囲気というか、個人の資質というか。Sakさんとかも言っているんですけど、仲の良さは日本一レベルじゃないかと思いますね。
――最後に。今のSCARZを短くまとめるなら、どういうチームですか?
めちゃくちゃ仲の良い、結束力が高くて柔軟なチームです。今本当に脂が乗ってるので、色々な大会に出場していきたいですね。
SCARZ「VALORANT」部門のコーチ。元「オーバーウォッチ」プロ選手。選手時代、世界大会である「オーバーウォッチ ワールドカップ 2017」「オーバーウォッチ ワールドカップ 2018」に日本代表として出場した。 SCARZには、2020年6月の「VALORANT」部門創設時より在籍。