ゲームは「見るもの」だった

バトルロイヤルゲームPUBG部門のSSeeSです。

姉と妹がいる三人きょうだいで育ちました。姉とは年齢が離れており、昔からよく面倒を見てもらっていたので、「お姉ちゃん子」だったと思います。小学校低学年の時に姉がPlayStation1のバイオハザードをプレーしているのを見ていて、始まりのシーンがとても印象に残っています。しかし、当時は外で遊ぶタイプの子供だったので、ゲームはプレーするというよりは「見るもの」でした。

実際に初めてゲームを触ったのは小学生の頃で、ゲームボーイカラーのポケモンをプレーしました。初めてはまったゲームは中学1年生の頃にプレーしたPlayStation2の「戦国無双」。学校から帰宅した平日は毎日のようにやりこんでいました。週末にはみんなで友達の家に集まってスマブラ(大乱闘スマッシュブラザーズ)をしたり、ゲームセンターに行って太鼓の達人をしたりしていました。中学2年生からはまた外で遊ぶ機会が増えたので、自然とゲームをする時間は減っていきました。

ゲーミングPCを自分で買ってのめり込む

再びゲームに興味を持ち出したのは17歳になる頃。仲のよかった友達がPCのBattlefield(BF)というゲームを薦めてきたので5万円くらいのゲーミングPCを自分で購入して始めました。当時用意したデバイスはあまりいいものではなく、友達からもらった60Hzのモニターに適当なゲーミングマウスを使ってプレーしていました。このBFは始めてすぐに引き込まれて、やりこむようになったと記憶しています。

PCゲームを触ったのはそれが初めてでしたが、始めて2,3カ月でサーバー内のゲームスコアのトップ争いに参加するようになりました。その後、YouTubeでBFの5v5のクラン戦の動画をみてチームに興味を持ち、チームに加入してみたいという思いを抱くようになりました。

その時にメンバー募集をしていたチームは複数ありましたが、その中でも一番高順位だったチームにメッセージを送り、仮入隊を経て正式加入になりました。チームに所属してからはクラン戦を一日に3,4戦ほどこなすようになり、その中で仲間たちと一緒にゲームをする楽しさを知りました。

やはりチームでプレーするためには情報共有の必要があるので、味方に情報を伝えるためのコミュニケーション能力が上がり、連携力が身についていったと思います。その後、そのチームを抜けて別のコミュニティーチームで活動中に現在所属しているDetonatioN Gamingのメンバー募集を発見し、思い切って応募しました。

現在はチームのアナリストをしているMimoriNと一緒に仮入隊し、2015年に正式加入になりました。当時はほとんど負けなしで、とても強いチームでした。しかし、チームとしてBF部門の活動が終了することに。チームからPUBGへの移行を勧められたのでメンバー全員でPUBG部門に移籍しました。このとき、PUBGというゲームタイトル自体は元々認知していましたが、自分からプレーしてみようという気持ちはなかったように思います。

新たな仲間たちと積み重ねた実績

PJS(DMM GAMES主催)にて

BFの時のメンバーたちとDetonatioN Gaming2という名前でスクリム(練習試合)に参加するようになり、新しく始まるリーグの出場を目指し始めました。リーグがスタートして最初のαリーグは残念ながら抽選漏れで参加することは叶わず、βリーグからDetonatioN Gaming2として出場し、PaRという予選をストレートで勝ち上がり、Season1ではメンバーを変更しつつも上位の成績を残せるようになっていきました。

年末に行われたPWIという韓国の強豪チームを招待して行った大会では4位を獲得し、初めて個人成績でのモストキル賞を受賞しました。2019年の5月1日より同チーム内で現在所属しているDetonatioN Gaming Whiteに移籍し、今のメンバーになりました。

移籍してすぐのSeason3では総合優勝を果たし、初めての世界大会に出場しました。そのすぐ後にPJS選手間での投票で日本代表選手の4人のうちの1人に選出され、韓国で行われた世界大会に個人で出場して2度のドン勝を獲得しました。

日本に戻ってきてからもSeason4を経てPredator League 2020において優勝を果たし、マニラで行われる世界大会への切符をつかみとりました。その後、再び開催された年末のPWIでは世界王者のチームに次いで日本チーム唯一のドン勝を獲得し2位になりました。

直近であったSeason5では2位を獲得し、オンラインの世界大会であるPCS Charity Showdownにおいて日本初のWinner Side 8位を獲得しました。実はマニラで行われる予定だった世界大会で、コロナウイルスの影響で2021年に延期されており、ぜひ応援していただきたいです。

シンプルで理解しやすいPUBG

AQUOS × DetonatioN Gaming イベントにて

PUBGというゲームは他のFPSゲームと比べると、比較的ゲーム性がシンプルで複雑なルールがないものだと思います。なので、あまりゲームをやってこなかった方や観戦の方にも理解しやすく、誰にでも楽しめるものだと思っています。安全地帯や物資の湧きなどの運要素もあるので単純なチーム力や個人のパワーでは勝敗が予想できないという面白さを含んでいます。FPSゲームの中では比較的女性の層が厚いといわれていますが、理解しやすく踏み込みやすいことが理由のような気がします。

競技シーンの魅力としては、様々なチームが入り乱れるので展開の予想が難しく、見応えのあるドラマが生まれやすいというところです。各々のチームに個性があり、高難易度の連携力などを見ることができます。国内大会のPUBG JAPAN SERIESではドン勝ポイントが10pointと高いため、一戦毎に大きくランキングの順位が変動し、最後までドキドキハラハラとさせる刺激を実感できます。ドン勝チームの投票システムもあるため、観戦している人たちも感情移入して楽しんでもらえると思います。

常時90%の力が出せるプロとして

チームの仲間たちと

プロゲーマーとして活動していく中で一番大切にしていることは調子を落とさないことです。爆発的に120%の力を出せるようにするのではなく、常時90%の力が出せるようにすることが重要だと思って日々練習を頑張っています。

平日の生活パターンは基本的に同じで、昼に起床、午後2時からのチーム練習をこなし、午後6~8時は自由時間で食事や入浴などを済ませます。チームでフィードバックを行った後に午後8時45分からは、平日毎晩行われているスクリムに参加します。終わってからはまた自由時間なので、個人練習をしたり、チームで練習したりしています。

座右の銘は野球選手のイチロー選手の言葉の中にあった「確実にこなさないといけないプレーを確実にこなせるチームは強い」です。ライバルは自分だと思っていますが、プロゲーマーとして目標にしている選手はCS:GOのDignitasというチームに所属しているf0rest選手です。長年選手活動を続けているのにも関わらず安定したパフォーマンスを出し続けているところを尊敬し、そうなれるように目指しています。

今後はプロの選手であり続けることを目標に、大会優勝を目指していきたいと思っています。コロナ禍でオフライン大会は開催できず少なからず影響はありますが、練習自体の質には影響はないのでこれからもしっかりと練習して技術を磨いていきたいと思っています。

SSeeS

せす 1997年生まれ、広島生まれの広島育ち。2015年12月に当時DetonatioN GamingにあったBattlefield部門のチーム、DetonatioN BYCMにトライアウトを経て正式加入。その後BF部門の一時休止に伴い、PUBG部門に移籍。現在は「DetonatioN Gaming White」のエースアタッカーとしてプロリーグの上位リーグで活動中。