現在、格闘ゲームやFPS(一人称シューティングゲーム)など、様々なゲームがeスポーツタイトルとして扱われています。近年では「ぷよぷよeスポーツ」や「Shadowverse」など、制作の段階からeスポーツの競技種目になることを念頭に作られている作品もあります。

一方で「スーパーマリオブラザーズ」や「ドラゴンクエスト」など、一見eスポーツとは関係ないゲームを競技タイトルとして扱う種目があります。「RTA」です。

RTAは「リアルタイムアタック」の略で、ゲームをいかに早くクリアするかを競うものです。ゲームごとに種目は細分化されており、例えば「スーパーマリオブラザーズ」の場合、ステージのワープを使って速さを競う部門や、ワープを使わず、最速で全ステージをクリアする部門などがあります。

「ドラゴンクエスト」のようなロールプレーイングゲームの場合でも、通常のラスボスを倒し、エンディングが終わるまでの速さを競う部門や、そのあとに待ち構える隠しボスを倒すまでの速さを競う部門、道中の宝箱やアイテムなどを全て回収したり、サブイベントも全て攻略したりする部門など多岐にわたります。

RTAで達成された記録は「Speedrun.com」や「ニコ生RTA Wiki」など記録を取りまとめているサイトで受理されれば、サイト公式のランキングに掲載されます。RTAに参加する人のことを「走者」と呼びますが、走者は記録の証拠としてプレイを録画した動画をインターネット上に公開することが求められます。

「体力」が必要になるRTAも

RTAの対象となり得るのは、ほぼ全てのゲームタイトルと言っても過言ではありません。

中には身体を使ったゲームで、実際のスポーツ競技顔負けの体力を要するものもあります。ニンテンドースイッチで国内130万本以上を売り上げる人気ゲーム「リングフィット アドベンチャー」もその一つです。

「リングフィット アドベンチャー」はフィットネスを目的として作られたゲームで、「リングコン」と呼ばれる強いバネになっている輪っか状のコントローラーと、「レッグバンド」と呼ばれる太ももに巻くコントローラーの2つを使って攻略していきます。「カラダで戦うアドベンチャー」とうたっており、アドベンチャーモードでは「スーパーマリオブラザーズ」のような二次元のステージをレッグバンドを装着した自分の脚を上げることで前に進み、リングコンの輪っかを押し込むことで敵を倒したり、仕掛けを解いたりする作りになっています。言うなれば、身体を使った「マリオブラザーズ」と表現できるかもしれません。

現在「リングフィット アドベンチャー」RTAの世界記録保持者の1人が、えぬわたさん(@nwata1122)という日本人の走者です。

えぬわたさんは7月5日にRTA動画を配信。7月21日に「Speedrun.com」で、「Any%、負荷レベル30、正しくない姿勢」という部門で記録が受理されました。タイムは16時間40分58秒で、世界記録を2時間以上更新しました。この部門ではリングコンの負荷を最大に設定し、さらに12時間以上もの長時間に及ぶ挑戦となるため、走者に高い筋力と持久力、そして集中力が求められます。

世界一挑戦のきっかけは自宅でのトレーニング

ジムに通えなくなってからすぐに懸垂マシンを購入したそう

一体なぜ、このような過酷な種目に挑もうと思ったのか。えぬわたさんはこう振り返ります。

「学生時代は体操競技やマラソンをしており、体力には自信がありました。身体能力を試すテレビ番組に出たこともあります。『リングフィット アドベンチャー』も去年10月の発売日に買ったのですが、その頃はフィジークという、簡単に言うとボディビルの上半身版の大会を目指して週6でジム通いをしており、ゲームはあまりできていませんでした」

ところが新型コロナウイルス感染拡大の影響でジム通いも難しくなり、フィジークの大会も中止。すっかりモチベーションを失っていたところ、自宅でもトレーニングできるツールとして「リングフィット アドベンチャー」を4月から本格的にやり始めることになります。

「まずアドベンチャーモードから攻略していったのですが、やっていて楽しいなと率直に思えたのです。元々ゲームが趣味で『ポケモンGO』をやり込んでいた時は各地のポケモンに会いに週末20kmほど走りました。ゲーマーの血が騒ぎましたね」

最初のうちはゲームは1日1時間のペースで進めていたものの、次第にのめり込み、クリアする頃には1日あたり6時間プレーしていたといいます。通常のゲームだと驚くべきことではないかもしれませんが、体力をひたすら使い続けるゲームでこれは誰でもできることではありません。体力に自身があるえぬわたさんの場合、ゲーム中の負荷設定も最大のレベル30です。

「もしかしたら、自分はこのゲームの才能があるのではないかと思い始めました。それでネットの記事などでRTAが行われていることを知り、せっかくだからゲームで世界一を目指そうと思ったのがRTAに挑戦するようになったきっかけです」

ゲームを初めて最後までクリアしたのが5月中旬。ゲーム開始から1ヶ月半かかったこの道のりを最短でクリアするべく研究を重ね、6月の初旬からRTAを開始します。

「初めて通しでプレーしてみたら、18時間ほどでできてしまったんです。この時点で世界一だったのですが、そこからさらに自己ベストを詰めていくことにしました」

ところがマラソンなどと同様、「リングフィット アドベンチャー」のRTAは身体に長時間負荷をかけ続けるものであるため、短期間に何度も挑戦することは不可能です。さらに、丸1日を費やしてしまうため、社会人で平日は仕事のえぬわたさんにとって記録に挑めるのは週末しかありません。

「体操やフィジークで栄養管理をしていましたから、平日は週末に向けた食事制限するところからが闘いでした。そして土日の1日を使って記録に挑む形です。新型コロナの影響で土日の予定が入りづらかったこともあり、3週間ほどで今の記録を出すことができました」

元体操選手として「正しくない姿勢」では終われない

ヒューマンフラッグもお手のもの

ただし今回の記録について、えぬわたさんはただ一点心残りがあるといいます。

「本当は『正しい姿勢』の部門で1位を取りたかったのですが、ゲーム開始設定時の脚の動作が甘く、『正しくない姿勢』の部門で記録が登録されてしまいました。姿勢の美しさを競う元体操選手の自分にとって、これは許されません。それで現在、リベンジに向けた準備を進めています。体力作り以外でも、より効率の良いレベル上げやルート選びを、表計算ソフトを使ったりもして構築しているところです」

えぬわたさんが情報収集し、まとめた表

「正しい姿勢」に向けた再挑戦は8月29日を予定しており、その様子はえぬわたさんのYouTubeチャンネルで生放送されます。RTAでは最速ゲームクリアに向けた効率の良い攻略手順のことを「チャート」と呼びますが、新たなチャートが披露される予定です。ただ、「リングフィット アドベンチャー」の場合、実際のスポーツさながらに当日のコンディションもタイムに大きく影響を与えますので、油断は禁物と言えそうです。

クリアさえできれば世界一の可能性も

誰にでも世界一になれるチャンスがあるのが、RTAの特徴でもあります。

「僕が世界一になった部門では、それまで走者が1人しかいませんでした。だから、もっと多くの人に参加してもらいたいなと思います。記録を持つ側からしても、抜かされたらもう一度挑戦して抜き返そうとしますが、相手がいない状態で自己ベストだけを追い続けるのは辛いものがあります」

「リングフィット アドベンチャー」RTAの例でも、一番参加者が多い「ワールド1のみ、負荷自由、正しい姿勢」という部門でも世界中の競技人口が20人しかいません。「100%、負荷自由、正しくない姿勢」の部門では、いまだに参加者が0人です(2020年8月20日時点)。クリアさえできれば、どんなに遅いタイムでも世界一になれる状況です。

もちろん、えぬわたさんが達成したような「長距離走」とも言える10時間超えの種目は誰にでも挑戦できるものではありません。ただ、こうした種目はRTAの中では少数派で、多くは1時間以内に終わる「短距離走」のようなものが中心です。ゲーム作品や部門を選ばなければ、誰にでも世界一になれるチャンスがあるのも、RTAの醍醐味の一つと言えるでしょう。