7月30日、小学館新書『eスポーツ選手はなぜ勉強ができるのか: トッププロゲーマーの「賢くなる力」』が発売されました。

著者はウェルプレイドに所属する「大乱闘スマッシュブラザーズ」(以下、スマブラ)のプロゲーマーすいのこ選手(@Suinoko0614)。「ゲームに打ち込むことが賞賛される世の中になってほしい」という強い思いから執筆にあたりました。

すいのこ選手に加え、編集に携わられた小学館の千葉康永さん(@sgk_chiba)も交えて、出版に至る経緯やeスポーツシーンの現状に対する意見を聞きました。※取材はオンラインで実施しました。

スマブラに打ち込みたい一心でプロに

ーーすいのこ選手はどのような経緯でプロになられたのですか?

すいのこ選手(以下、敬称略) スマブラ自体は子供の頃から大好きでした。競技としてプレーし始めたのは2008年ごろで、「大乱闘スマッシュブラザーズX(スマブラX)」からですね。大学受験が終わったタイミングでもあり、プレーし続けるうちに「思っていたよりも面白い」とのめり込んでいきました。

最初はオンライン対戦のみプレーしていたのですが、地元である鹿児島のスマブラプレーヤーと知り合いになり、オフライン対戦もするようになりました。以降は遠方の大会や、時には海外の大会にまで足を運びました。

僕が12年間スマブラをプレーしてこられた一番の理由は、ゲーム対戦を通して仲間ができる「人と繋がる楽しさ」があったからですかね。

振り返ってみると、プロになったきっかけは2018年12月に開催された「ウメブラ WiiU FINAL」という「スマブラ for WiiU」の大会でした。自分も出場するつもりでいたのですが、直前になって仕事が入ってしまったので泣く泣く出場を諦めたんです。

大会2日目、なんとか仕事を終わらせて見学しに行ったのですが、そこでの光景がとにかくエモかった。今でも深く印象に残っています。「スマブラ for WiiU」最後のオフライン大会で、出場者はみんな全身全霊で挑んでいたんです。例えるなら「全員が高校3年生の甲子園」で、勝った側も負けた側も泣いていました。

その光景に感動すると同時に、自分がその輪の中にいないことに違和感を覚えたんです。

「もっとスマブラに打ち込める環境に身を置きたい」と思い、辞職するつもりで当時働いていたウェルプレイドに相談しました。すると代表のアカホシ(谷田優也氏)から「その気持ちをサポートしたい」と言ってもらえ、プロプレーヤーとして活動を始められることになりました。

ーーでは、千葉さんはどのような経緯で「eスポーツ」に興味を持つに至ったのでしょうか?

千葉氏(以下、敬称略) 2014年に小学館に入社してからずっと「週刊ポスト」に携わっていました。スクープを追いかけたりもしていて、そんな中でノンフィクション書籍に関わる機会も多くありました。

『eスポーツ選手はなぜ勉強ができるのか』は、私が企画をすいのこ選手に持ちかけるかたちで始まったのですが、その裏には「もっとeスポーツ選手の思考に踏み入った本を作りたい」という思いがありました。

というのも、今出版されている書籍は「eスポーツ業界やプロの実態」に言及しているものが多く、「プロゲーマーがどのような人たちなのか」まで触れている本はあまり無かったんです。

ーーちなみに、ふだんからゲームはプレーしているんですか?

千葉 すいのこ選手のように本気でプレーしているわけではありませんが、スマブラは全作品持っています。スマブラは我々世代にとって本当に強力なコンテンツで、「とりあえずプレーしておかないと」という感じがありますね。

「スマブラ」で繋がった縁

世界最大級の格闘ゲーム大会「EVO 2019」でのすいのこ選手

ーーすいのこ選手と千葉さんはどんなきっかけで出会ったのですか?

すいのこ プロゲーマーであるRaito選手の家に遊びに行ったときに、たまたま千葉さんも来ていたんです。その時はお互いプレーヤーとして対戦したり話したりしていました。

千葉 実は初めて会ったタイミングで、既に「ゲーム好きな子どもだけでなく、保護者にも訴求できるような本を作りたい」といったぼんやりとした形で企画は進行していました。このテーマを書けるだけの強い思いを持っており、かつ筆力のある書き手を誰にしようかと考えていた時期でした。

すいのこ選手と会ったことを知り合いのプロプレーヤーHIKARU選手に話したところ、すいのこ選手とのご飯の席を設けてくれたんです。

ーー当時のお互いの印象は?

すいのこ 最初は完全にスマブラプレーヤー同士仲良くさせてもらっている感覚でした。千葉さんはディディーコングを使っていて、僕も以前使っていたキャラなんです。僕なりに培ってきた上達のコツや強いプレーをシェアできたらいいな、と思っていました。

千葉 私は「ディディーのプレーを盗んでやる」と意気込んでいました(笑)。食事会の時点では書籍企画のことは頭になく、ビジネス前提で始まった関係性ではありませんでした。

その食事会の翌週、会社で「書き手見つかったか?」と聞かれ、その日のうちにすいのこさんに電話しました。軽いノリで「書けますか?」と。

すいのこ 電話で「本の執筆、どう?」と急に言われたんですよ。僕も僕で「いいですよ」と軽い感じで返しましたけど。

千葉 フリも雑でしたけど、返答も雑でしたよね?(笑)

すいのこ 雑でしたね(笑)。

ーーすいのこ選手を著者として選んだ決め手は何でしたか?

千葉 すいのこ選手がウェルプレイドジャーナルで執筆していた記事や、海外遠征のルポ動画などは以前から見ていました。文章が上手いのはもちろんですが、コンテンツの構成や演出が巧みで「何が面白いのか」を伝えるスキルが高い人だ、と思っていました。だから、本も任せたいなと。

ゲームに打ち込むことの尊さを伝えたい

「eスポーツ選手はなぜ勉強ができるのか」には様々なゲーマーのインタビューが掲載されている

ーーすいのこ選手は、本書にどんな思いを込められたのでしょうか?

すいのこ 漠然とですが、元々「eスポーツ選手が考えていることを知ってもらいたい」という思いがありました。自分の周りのプレーヤーたちは強くなるために色々な試行錯誤を、きちんと行動に移すことができる人たちです。このスキルは、彼らがゲームをプレーしていく上で身についたものだと思うんですね。

だから、「選手の思考に踏み入る」企画に強く共感できました。

ゲームを含め、何か一つのことに打ち込むのは非常に尊いことです。そこで培った経験や、人との繋がりは人生の様々な場面で役に立ちます。だからこそ、野球や将棋に打ち込むのと同じように「ゲームに打ち込むこと」が認められるようになってほしい、との思いを込めました。

ーーその思いを踏まえて、『eスポーツ選手はなぜ勉強ができるのか』というタイトルを掲げたのは、どのような意図があるのでしょうか?

すいのこ これは千葉さんと相談して付けたタイトルですね。

千葉 編集者として、ゲーマーにはもちろんのこと、ゲーマーの親御さんたちにも読んでもらいたいという思いがありました。親世代が抱いているゲームに対する誤解を解きたい。だから「勉強」と、目を引くワードを入れることにしました。

ーーすいのこ選手にとっては初めての書籍執筆ですよね? 苦労された部分もあるのでは。

すいのこ 何もかもが初めての体験だったので、全てが学びであり、全てが反省点でしたね。

千葉 でもすいのこさん、始めから文章を書くのが上手かったんですよ。書くスピードも速いので、こちらもすぐにフィードバックできる。編集者としては非常にやりやすかったです。

ただこの人は、話が長いんですよ(笑)。

すいのこ そうなんです。長くなっちゃうんです。

千葉 1個の鍵括弧で2ページ半くらい書いていたこともありましたからね。「そんな本読んだことある?」と指摘した覚えがあります。

すいのこ 長い、長い、って何回も言われましたね……。

ーー反対に、千葉さんが編集者として苦労されたこと、気をつけていたことはありますか?

千葉 すいのこ選手はプレーヤーとして現場からの視点で書いてくれていたのですが、全体が狭く深くならないように気を付けました。本書を手に取ってくださる方の中には「eスポーツってなに?」という層もいると思うので、全体的にマニアックな話になりすぎないように意識していましたね。

ーー確かに、スマブラプレーヤー以外にも様々なタイトルのプロが紹介されていますよね。

千葉 まず、色々な価値観を紹介したいという意図がありました。そして取り上げるゲームも格ゲーだけでなく、TPSやデジタルカードゲームなどジャンルの幅を広げた方が、eスポーツの全体像が見えやすいとも思ったんです。だから「スマブラ」だけでなく、「ストリートファイターV」、「フォートナイト」、「Shadowverse」のプロプレーヤーを取り上げました。

スマブラは一番「自分」を表現できるゲーム

ーー改めてお聞きします。すいのこ選手にとって、スマブラの魅力とはなんですか?

すいのこ 他の格闘ゲームもプレーしたことがありますが、スマブラが一番「やりたいこと」を表現できるゲームだと思っています。ジャンプ一つとっても、空中ジャンプがあるし、空中でもある程度自由に操作ができて、色んなタイミングで技を出せます。とにかく、できることがめちゃくちゃ多いゲームなんですよね。

ーーすいのこ選手の「キャラ愛」も自己表現からくるものなんでしょうか?

すいのこ 僕は不器用なタイプなので、一つのキャラをじっくり使い続けるのが好きなんです。それが「キャラ愛」として見られているのかもしれません。他の人がしていないような動きをしたい、という思いは人一倍強いと思います。

千葉 それだけスマブラに対して強い思いを持っているなら「ゼノブレイド」の配信ではなく、スマブラを配信するべきでは?(笑)

すいのこ いいじゃないですか! 社長が買ってくれたんだから(笑)。

千葉 あと「キャラ愛」でいうと、すいのこさんは「大乱闘スマッシュブラザーズSPECIAL(スマブラSP)」では最初にディディーを使っていて、その後こどもリンク、ピーチ、そしてまたこどもリンク、とキャラを替えていますよね。「キャラ愛とは?」と思わざるを得ません。

すいのこ キャラ愛と言うよりも、 その時々で自分の手にしっくりくるキャラを選んで極めていきたいといういる感覚ですね。

千葉 小手先でやっているということですか?

すいのこ 違う、違う、違う(苦笑)。

千葉 じゃあ、すいのこさんがスマブラで表現できていることって何ですか?

すいのこ コンボ……とか?(小声)

千葉 この人、アドリブに弱いんですよ(笑)。

すいのこ まだまだプレーヤーとして成長の余地があるということですよね!

ゲームが好きだ、と胸を張って言える世の中に

ーーすいのこ選手から見た、スマブラコミュニティーの現状を教えてください。

すいのこ スマブラコミュニティーは、プレーヤー主体のイベントが数多く開催されていて、これまでの盛り上がりはとても健全だと思います。

もちろん今は新型コロナウイルス感染拡大の影響などもあり、決して良い状況にあるとは言えません。我々にできることは、今コミュニティーにいるプレーヤーが離ることなく楽しみ続けられるように努力することだと思います。本書を執筆したのも、そういった活動の一環であると言えますね。

ーーコミュニティー活性化のためにも、もっと多くの子供たちにプロを目指してほしいと思いますか?

すいのこ プロを目指してほしい、というわけではありません。ゲームが好きな子が、全力でゲームに打ち込める環境を作る立場でありたい、と思います。

周りから「ゲームやって何の意味があるの?」と言われると、隠れてゲームをするようになってしまうじゃないですか。好きなことをコソコソとしなければならないのは、非常にもったいないことです。

「ゲームが好きだ」「ゲームって楽しいんだよ」と胸を張って言えるような世の中になってほしいですね。

千葉 私も同じ意見です。すいのこさんが本に書かれていて印象に残っているのが「野球と何が違うんだ」という表現です。現状、野球のプロを目指している子は応援されるのに、プロゲーマーを目指している子は「ゲームのプロなんて」と言われてしまう。これはおかしいことだと思っています。現実的にプロゲーマーとしてやっていけるのかは別問題であって、「ゲームであろうと子どもが何かに真剣に打ち込んでいる時間」を、大人が理解してあげられる世の中になってほしいと思っています。

すいのこさんが本に書かれたこと以外で言うと、「プロゲーマーもプロ野球選手くらい稼ぐようになってほしい」という思いもあります。

プロプレーヤーの方々はとんでもない時間と情熱をゲームに費やしているし、類まれな才能と技術を持っています。彼らは、ただゲームをプレーしているだけでは決して成しえないことをやってのける存在なんです。野球選手と同じように、その対価がきちんと支払われる世の中になってほしいですね。

ーー今のeスポーツ業界には、何が足りないのでしょうか。

すいのこ 「eスポーツ」と言うと、トッププレーヤーたちがしのぎを削る華やかな舞台が想像されがちです。しかし、野球に「草野球」があるように、ゲームにおいても草の根的な競技シーンが尊重されるようになってほしいですね。

プロを目指すだけがスポーツのあり方ではないですし、人の数だけ楽しみ方があるはずです。ゲームに熱中している皆がそれぞれの楽しみ方で、胸を張ってゲームに打ち込める。そんな世の中になってほしいと願っています。

すいのこ

1990年、鹿児島県生まれ。プロゲーマー。本名・桑元康平。鹿児島大学大学院で焼酎製造学を専攻。大手焼酎メーカー勤務を経て2017年に上京、eスポーツのイベント運営等を行うウェルプレイド株式会社に企画職として就職。19年5月より、同社のスポンサードを受け、「大乱闘スマッシュブラザーズ」シリーズのプロ選手として活動中。

eスポーツ選手はなぜ勉強ができるのか: トッププロゲーマーの「賢くなる力」

「たかがゲーム」って思っていませんか?

実は、プロゲーマーには有名大卒の高学歴が多い。

麻布高校から東大へ進学、そしてプロゲーマーとなり『ストリートファイターV』で世界チャンピオンに輝いた、ときど選手。2018年に『シャドウバース』の世界大会で優勝し賞金1億円を獲得した、現役明治大生のふぇぐ選手……彼らに代表されるように、「ゲームが強い人」は、「勉強もできる人」なのだ。

「ゲームを頑張る力と、勉強を頑張る力には相関があるに違いない」――自身もプロゲーマーである著者は、さまざまなゲームのトッププレイヤーにインタビュー。世界を代表するトッププロゲーマーの頭の中を明らかにした。

同時に、近年では「ゲーム依存症」が社会問題となっている。どうすれば避けられるのか。また「ゲームのやりすぎで目が悪くなる」は本当か――医師にも取材、不安を全てぶつけた。(小学館新書)

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